失いつつある光景

「親父が頑固」、それが昭和の家だった。
子供の成長、記憶を残したいという一心で親父は、
カメラのシャッターをひたすら切った。
幼い頃は良かったものの、思春期をむかえる頃から
恥ずかしくて嫌でしかたなかったのを覚えているが、
今となってはそのふてくされた写真でさえもが「宝物」となっている。
昔は本当に良く見た光景。
家の前で家族が並んで写真を撮る、
残念ながら、最近は、失いつつある光景。
あの頃、なぜに親父は、わざわざ家の前、玄関前に立たせて
ひたすら写真を撮ったのだろうか?
確かに、写真館のスナップもいい。
しかし、入園、卒園、入学、卒業、誕生日、成人式など、
親父が撮る一枚一枚には、なんともいえない温かみがある。
どんなプロカメラマンにも勝てない写真。
そう、この写真たちの背景を飾る、
「家」という存在が家族を支えていたのがよく解る。
親父はそれをわかっていたのかもしれない。
そして、そんな「家」を造り続けていきたい。
もしかして、
「人が家を造るのではなく、家が人を造っていく」、
のかもしれない。

流行よりも大切なものがある。
NOBU

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