一昨日、ロタウイルスに苦しめられながらも(さきのブログのとおり)
なんとかサクラを見に、何年ぶりだろう・・・?兼六園へ足を運んだ。
そして去年の4月9日は自分にとって、
生涯忘れることのない「想い出のサクラの日」。
桜の素晴らしさ、美しさ、儚さ、感動、パワー、
そして奇跡・・・、すべてを見た日でもあった。
「きっと今年も、あの笑顔で一緒に見てるよね!」
ほんの数年前まで
「桜 → お花見 → ど宴会 → のみ過ぎ → 二日酔い → ど反省」
といった方程式が成り立っていたのだが・・・
最近は
「桜 → 観賞 → 感動 → 元気やパワーもらう!」
に変わったように思う。
(酒はやめられないが・・・)
やっぱり、「年くったな~」って思う。
それはそれで、良い。
30半ばで桜の木の下で昔のように大暴れしている自分を
想像すると、ゾッとする・・・。
以前、本で読んだことがある。
桜は、短い間だが精一杯咲き誇って、散る。
だから、美しい。
これは日本独特の文化・考え方であり、
武士道にもある「去りぎわ、散りぎわの美学」とされている。
西洋では「去る、散る」は美学とされていない。
逆に「永遠こそが美学」とされている。
たとえばバラ。
永遠のように美しく、咲き続け、最後はドライフラワーとしても残る。
このような文化・考えだ。
皆さんはどちらに共感できるでしょうか?
「一瞬のサクラ or 永遠のバラ]
きっと人それぞれで、答えはないと思いますが僕は、
「すぐに散り行くサダメとしっても、一生懸命に咲き誇る、サクラ」
こちらに軍配をあげます。
大切なのは「時間の長さよりも、内容の濃さ」だと思うからです。
そしてきっと桜は、「笑顔で幸せに満ち溢れて散っている」のではないでしょうか?
NOBU